偶然な

犬の散歩の途中、ふと手に持つリードの感覚が重くなる
何ぞやと思い振り返ると、犬がその場にとどまりリードを引っ張っている。イヤイヤの態度だ
俺は大きくため息をつき、視線を上げたら――――


少し離れたところに制服を着た女性がいた。彼女は手を振り、こちらに歩いてきた


―――アレ?といった既視感を瞬時に理解し、若干の微笑に変える


「久しぶりっ」彼女は言った
俺は「昨日、電車で・・・」と返す。そう、昨日の電車の同じ車両に、彼女はいた
「うん、いたよね」彼女も分かっているかのように、そう返した


「Beelze君は高校どこ?」
彼女は沈黙とは言わないほどの、テンポの良い間をもって、尋ねた
「○○高校」
俺は短く返す、そして
「―――ッ」
言いかけ、静止する
「?」
彼女も俺が何か言いかけたのに気付いたようで、顔を覗き込む様子
そう、彼女の名前は『××さん』でいいはずだ。だけど何でそれが出てこない・・・
もしかして、違う人なんじゃないのか?名前を間違えてるのかもしれないだろう?
中学校のクラスメートの名前なのに、何でこんなに迷うんだ・・・


そう、俺の頭の中には、この人は『××さん』で正しい、何でそう言い切れる?
その二つがせめぎ合い、何も言えない状態になっていた
だけど、何とか言わなきゃ・・・そう思って、言葉につむぐ
「どこだっけ、高校、君は・・・」
何とか、形にする。その問いに
「○×大付属高校」
と、短く答える
「ふーん、すごいじゃん。名前とか〜」
いつもの調子に戻そうとして、ぎこちなくなってしまう
そんな言い表せない感情と、感づかれたのではないのかと恐れる感情を必死に抑える
そうして、会話をつむいでいく


しばらくした後
「じゃあ、私こっちだから・・・」といって、別の方向に歩き出す
俺も、「うん、じゃあね」と言って歩く
相手はどうかわからなかったが、俺は振り返ることが出来ずに、また歩き出す