荷が下りた、そう思っていた時期もありました・・・。

まだ、終わらんの?


昨日、僕は「重荷は減りました」と記しましたが、どうしたことか、手放したものはすぐに返ってきてしまいました。
どうやら、クーリングオフは受け付けられていないみたいです。


実家の手伝いが夕方頃に終わり、帰宅する前にメールを見たら、高校の後輩からメッセンジャーで話しかけられているという、
催促のメイルがきたのです。内容は、

久しぶり、元気してた?

といたって普通のもの、ここで敬語が使われていないのはもう気になりません。
普通なもの、でしたが、最近のことを考えるとどうも気分が濁ってしまいます。
とにかく、急いで返信しなくては。そう思い、家に帰ってすぐにパソコンをたちあげたのです。


メイルがきてから2時間ほど、もうオンラインにはいないんじゃないか、返信できないのは申し訳ない。
と思いながらサインインしてみると、その後輩もまだオンラインでした。律儀に待っていてくれたのでしょうか。
ウィンドウにその子から送信されたメッセージが表示されました、それは一方通行に、僕の体内をを冷やし、鳥肌を立たせたのです。

:久しぶり、元気してた?


:ところで、(部活)の集まりなんだけど・・・。


:今年は、いつやるのかなぁ?

内容は若干割愛されていますが、上の言葉は、3行だけははっきりと覚えております。
卒業生であるあの子が、僕に、卒業祝いを兼ねた集まりがあるのかどうかを訊いてきたのです。
何故僕に訊く?今現役として活動している後輩に訊かずに、何故引退して若干疎遠となった僕に訊く?
ようやく、荷が下りたと思ったのに、解放されたと思っていたのに。


ダウンコートを着ているにもかかわらず身体は震え、僕は放心のまま返答しました。

:返信できなくてゴメン、久しぶり。


:2年の○○君に、やるんなら手伝うよ?って言ったんだけど・・・


:なにか聞いてない?

普段通りに頭が働いていたら、まず僕は保身のための言葉を探して、丁寧に織り交ぜたでしょう。
ですが、このときにはそんなものなど浮かばず、ただ単調な保身と、単調な疑問を投げかけるに留まってしまったのです。
向こうからの答えは、決まっているはずです。それでも訊いてしまいました。

:何も

わかっていたことです、その言葉は、僕に安堵を与えるものではない。
完全に詰まってしまいました。卒業生である彼女に、祝われるべき後輩にかける言葉が、見当たらないのです。
なにか、返さなければ・・・、焦ったあげく、僕は、わかりきっていることを言うことしかできませんでした。

:計画、立ててなかったんだ・・・

そんなこと僕も向こうも既に知っていること、言ってもどうにもなりません。責任転嫁にすらなっていません。
でも、昨日からの自分の感情に罪悪感を覚えてしまった僕は、どうしようもない言い訳をするしかなかったのです。
何故、卒業生に計画を立てていなかっただのなんだの話しているのでしょう。それ程僕は保身に走ってしまったのでしょうか・・・。

:うん・・・

気分が悪く、なりました。
生暖かいものが胸から湧き上がってきて、のどで引っかかっているのです。
いけないと思い、こらえました。ですが胸は重く、伏せた顔は上がりません。
胸の奥のわだかまりを抑え、考えました。なにか、この子にねぎらいの言葉はかけられないのでしょうか。
なんでもいい、この子をねぎらってあげられる言葉は、ないのでしょうか。
胸に溜まった罪悪感を取り除ける、そんな言葉は・・・。


その後も僕は言葉をかけることができずに、その子はオフラインになってしまいました。
僕は深く後悔をし、昨日の楽観的だった自分を思い出してため息をつきました。
何を安堵していたのでしょうか。のけ者にされているのではと疑っていた自分、卒業を祝われるべき彼ら、それらを天秤に載せて、
僕は何を安堵していたのでしょう。
最初から、全て自分でやっていれば問題なかったのではないか。卒業生は、後輩に送られてほしいと、きれいごとを言っていましたが、
こんなことになるなら最初から自分が計画を立てていればよかった。そう思ってしまいます。
部活の仲間さえ疑っていた自分、疑うことによってそれらを避け、正当化した自分に嫌気が差し、ディスプレイを眺めていました。
その後、気分を落ち着けるために、犬と散歩に出かけました。


だいぶ気分が落ち着いた後、今までのものごとの整理しましたが、やはり罪悪感はぬぐえるものではありません。
まず、あの時、僕はあの子に「何故僕に訊くのだろう?」と疑問を持っていたのですが、
そもそも僕以外に尋ねられる人はいなかったのかもしれません。
まず、「何故後輩に訊かない」と思いましたが、第一に送ってくれるであろう後輩に、自分らを送ってくれるのかと、言えるはずもありません。
そうなれば、尋ねるのはおのずと先輩になるのですが、こういった集まりごとは近しい年齢の方に訊くのが確実でしょう。
大体の方は、年数が重なるごとに、疎遠になるものですから。
つまり、年齢が近い先輩、ということで、僕らの学年の部員に行き当たり、人数3分の1で僕に行き着くのです。
そう考えると、余計に気分が悪くなってしまいました。
彼女は、期待していたのです。部員や先輩に、祝われ送り出されることに。
なので、後輩などにも訊かずに、わざわざ先輩に尋ねたのです。


期待されているのかもしれないなど、考えもしませんでした。慢心だからなどではなく、ただ浮かばなかったのです。
ですが、考えてるうちに思い出してしまいました。祝われて、喜んでいた自分。
後輩に感謝の辞を述べられて、照れながらも礼を言っていた自分。
自分もあの頃は期待していたじゃないか、ということに。
間に合わないでしょうか、もう、遅いのでしょうか。
今更ながら諦めたくないと思ってしまう自分に、また嫌気が差しました。